温かな、紅茶の香りがした。
ティーブレイク
地獄のデスクワークから一転した、束の間の休憩時間。
ギュンターも気を利かせて退散してくれて、今はおれとヴォルフラムだけだ。
もちろん、勝手にこいつが居座ってるだけで、おれが残ってほしいとか言った訳ではない。
何でここにいるの、と聞いても、婚約者だからに決まっている、というお決まりの台詞が返ってくる。
別に出て行ってほしいわけでもないし、おれも一人じゃ少しばかり寂しいから、取り立てて気にはしていなかった。
それに、ヴォルフラムの淹れる紅茶は、何だか美味しい気がするし。
「おっ、今日はダージリンか」
こっちに来てからよく飲むようになって、おれは紅茶の種類まで覚えてしまった。
大人組はコーヒー紛いのものを飲んでいるらしいてど、まだお子様なおれには紅茶がピッタリだ。香りも良いし、味も良い。なにより、甘いものによく合う。
紅茶に甘いお菓子のセットが、おれの今一番のご褒美。
ギュンターが用意してくれた可愛らしい椅子に腰掛けてそれを一口啜ると、目の前に座っているヴォルフラムが不思議そうに眉を顰めた。
「よく、そんな熱いものをすぐに飲めるな」
彼にとってはそうそう無理なことなのだろう。さっきから、自分の紅茶をふーふー冷ましている。
「え、そう?これそんなに熱くないと思うけど・・・・・あ、もしかしてお前猫舌?」
「馬鹿なことをいうな。ぼくは猫なんかじゃない」
・・・意味を違えてとられたらしい。あ、この国にネコ舌なんて言葉はないのか。
「そんなこと聞いたんじゃねーよ。・・・・でもさ、こーゆーのは、あったかい時に飲んだ方が美味いよ?」
多分。冷たいものならアイスティーとかミルクティーとか、極端に冷えている方が美味しい。
ホットティーが冷めてぬるくなると、決して不味いと言う訳ではないが、おれはあんまり好きじゃない。
「それはそうだが・・・・・・火傷をしたら嫌だし」
呟いて、ヴォルフラムがぷぅっと頬を膨らます。全く、どこまで王子様なら気が済むんだ、コイツは。
きっと、味噌汁もふーふーしてから飲むクチだろう。あ、この国に味噌汁なんてないのか。
おれは何だか可笑しくなって、ぷっと吹き出した。
「何を笑っている!」
「何でもない。ああほら、そろそろ冷めたんじゃないの、紅茶」
これ以上笑うとヴォルフラムが怒り出してしまいそうなので、咄嗟に話題転換をする。
ついでに、手近にあった砂糖菓子を口に放り込んだ。うん、甘い。
「・・・駄目だ。まだ熱いぞ」
ヴォルフラムといえばそのティーカップに指を触れただけで、まだ一口も飲んでいない。
「いや、もう充分ぬるいと思うぞ、ソレ」
熱いといっても湯気もたってないし、せいぜいほの温かいくらいだろう。
こいつの感覚器官はどうなっているのか。
「そんなことはない。触っても何も感じないほどでないと」
そう言って、再び元王子様は水面をふーふーと波打たせる。
そんなに長いことやってて、よく疲れないなぁ。
おれは半ば呆れ気味でヴォルフラムの行動を見ていたが、しばらくして不意にそのティーカップを取り上げた。
そして一口。
「・・・なにをするっ」
標的を奪われた元王子様は、虚を突かれたような顔をして、それからおれを睨みつけた。
「んー、やっぱりもう熱くないよ、これ」
案の定、ヴォルフラムのそれは冷えていた。もうとっくに。
「本当だろうな?」
「本当だって。ってか、見た感じで分かるだろ普通」
普通、が通じないのがこいつなんだけれども。
そんなおれの言葉を聞いてか、ヴォルフラムは細い指でおれの手元からティーカップを攫い、丁寧に一回転させてそれに口付けた。
(・・・・・・・・・え)
きっと彼は無意識の行為だったのだろう。紅茶を口にしながら、平然としている。
いや、かと言って別におれが動揺する必要はないんだけど。
ただの偶然だし。
「・・・・ユーリ?」
エメラルドグリーンの色彩が、おれを覗き込んだ。
中学生のころ、虹彩の色は人種によって違うんだと習ったが、こいつのこれはどうなのだろうか。
もっと他に、この美しい彩を作り出しているものがあるのではないか。
とにかく、こんなに綺麗なものは、おれは他に知らない。
こんなの、前から思っていたことだけれど。
「・・・・・なんでもないよ」
おれは意識を紅茶に戻し、共に砂糖菓子に手をつけた。
食べ過ぎだぞ、という様な声が聞こえた気がしたが、わざと聞こえないふりをして。
温かかったはずの紅茶は、つられて温くなっていた。
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