チョコレートケーキワンホール
基本的に、おれはロードワーク派だ。
無駄に走り回って、たくさん身体を動かして、すがすがしい汗をかくのがおれの仕事。
そうでないと体が鈍るし、第一、地球に帰ったとき、思いっきり疲労がくる原因が運動不足だ。
それなのに、おれの職業・魔王は、その名前に似合わず、奇しくも、1日の殆どがデスクワークという非常に大変な業なのだ。
「なーギュンター、そろそろ休憩にしようぜー?」
その上、魔王のオシゴトの補佐が何とも厳しいギュンギュン王佐で、おれは毎日、このザ・執務デスクに縛り付けられるハメとなっている。
「いけません陛下。まだ始めたばかりですよ?今日は特に目を通して頂かなければならない書類がたくさんあるのです。休まず頑張って頂かなければ」
ギュンターが銀縁の眼鏡を白く長い指でくいと押し上げる。その銀髪も、黙っていれば本当に美形なのに。
目の前には、山積みに鳴った書類の山。おれは登山口の時点でもうギブアップだ。
「ちぇー・・・こんなにあるし・・・・あー、ヴォルフに会いたい」
小声でそう言って、その山の一合目に手をかけた。まぁ、どれもこれも同じ様な文字の羅列ばっかで、意味もあまり理解できない。
やっぱりグウェンダルに手伝ってもらいたいな。また、あの重低音で静かに怒られることだろうけど。
それにそんなんじゃ、ヴォルフラムにも怒られる。永遠にこのサインをやるのも嫌だけど、ヴォルフにだらしないところを見せる方がもっと嫌だ。
頑張ろう。それで、終わった後はヴォルフと一緒にお茶しよう。決定。
ギュンターに聞かれたら泣かれそうだから、心の中でそっと決意をして、おれは羽根ペンを手に取った。
「・・・ユーリ、入るぞ?」
それからどのくらい経っただろうか、外の景色も少し色付いて、静かになった頃。
控えめに扉を叩く音でふと我に返ると、そこには片手にアンティークのおぼんを持ったヴォルフラム。
「ヴォルフ」
「そろそろ休憩にしたらどうだ?お前がそんなに頑張るなんて、そのうち倒れてしまうぞ」
そっと小指をクッションにしてそれをデスクに置いた。
「たまにはそういうときもあんの。だいじょぶ、あと少しだから」
「・・・そうか?では、ほどほどにな」
ヴォルフラムも、ギュンターに次ぐくらいの心配性だ。普段あれだけへなちょことか何とか言ってるのに、そういうところは臣下っぽい。
彼は椅子に腰掛けて長い足を組むと、落ち着いたように大好きな紅茶を飲み始めた。
「じゃあ、あとは・・・・と」
おれは先程まで手掛けていた書類に視線を戻すと、それに手際よくサインをした。大丈夫、内容はさっきしっかり読んだし、ちゃんと把握してます。
それら書類の山を全てまとめて、おれの仕事はこれで終了。ああ、これだけの量を1日でこなすなんて今日が初めてだ。感動。
おれだってやればできるんだ。かと言って、これを毎日継続することは多分無理だろうけど。
「ヴォルフ、終わった!」
これでやっと、ヴォルフとお茶タイムができる。この時をどれだけ待ったことか。
「ふぁ。ふぁふふぁっふぁふぁ。ふぁふぁふふぉ」
ヴォルフは大きなクッキーを口いっぱい頬張っていた。美味そう。
「食べながら喋るなって」
おれは苦笑した。本当に、こいつはたまに元王子様とは思えない行動をとる。
口が悪かったりだとか、寝相が悪かったりだとか、やけに機嫌が悪かったりだとか
・・・・それは関係ないか。
まぁ、そういうギャップがあるからこそ、可愛いなぁって思っちゃうかもしれないけど・・・・
「ユーリ、何をぼーっとしている。お前も早く座れ」
あ、やべ。おれ本人に聞こえてないことをいいことに思いっきりノロけてた?
でもそんなこと、口に出したら照れる前に怒られるよな。
「はーい。あ、ヴォルフ、一人占めしてないで、おれにも一口くれよな」
ヴォルフはといえば、今日何枚目か分からないチョコチップクッキーをかじるところだった。
皿にはもう半分も残っていない。よほど美味しいのだろう。さすがエーフェ。
ヴォルフも、こんなに食べて太らないのが羨ましい。
「ふぁ、ふぁふぁほ、ふぁい」
ヴォルフがクッキーを半分くわえながら、新しい一枚をおれに差し出した。
あれ、珍しく優しいな。だけど今日は、
おれはクッキーをくわえたままのヴォルフの肩を片手で掴むと、そのままその半分をかじった。
かすかに触れるお互いの唇。それをちょっと舐めて啄むと、ヴォルフの肩がびくんと震えるのが分かった。
顔を上げると、そこには顔を真っ赤にしたヴォルフの姿。
何か言いたげに口をパクパクさせているが、おれはもう一度可愛いそれを塞いでしまう。
「ん・・・・ゆ、ユーリ!」
数秒のキスの後、頬を朱に染めたヴォルフが身を捩っておれから逃げた。
「なに?」
余裕の表情で応えると、輝くエメラルドの瞳に睨まれた。だけど声音はちょっと震えてる。あー、可愛い。
「ば、ばかっ、こっ、ここは執務室だぞっ、わわわ、分かっているのかっ」
「ん、分かってるよ?でも今はヴォルフ補給タイムだもん、もうちょっとだけ」
「な、何を言って・・・・・・あっ」
僅かな力で抵抗してくるヴォルフを優しく押さえつけ、おれは3度目のキスに没頭した。
執務の後には欠かせない、束の間のヴォルフ補給時間。
これがあるから、おれは頑張れているのかもしれない・・・・・なんて。
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