「・・・ユーリ、本当に、行ってしまうのか?」
多分僕らは遅すぎた
すぐ後ろで、ヴォルフラムが言った。
彼のブーツが砂利を踏みしめて、その音だけがここに響いている。
おれは泣きそうになるのを必死に堪えて、拳を握り締めてから笑って振り向いた。
「うん。行くよ。決まりごとなんだもん、守らなくっちゃ」
ちゃんと笑えているだろうか、そんなことばかりが頭の中を回って、まともにヴォルフラムの顔を見れなかった。
きっと彼は悲しい顔をしているんだろう。きっと怒ってもいない、笑ってもいない、ただただ、悲しい表情を。
「・・・・・そう、か」
ヴォルフラムは俯いた。そして、静かに泣き始めた。
声を殺して、おれにその姿を見せまいと、こちらには背を向けて。
軍服の袖が濡れていくのが分かる。以前、おれがいなくなってしまいそうになった時も、ヴォルフラムはこうして泣いていたんだろうか。
そういえば、こいつの泣くところ、初めて見たな。いつだって、泣きじゃくってんのはおれの方で、その時はいつもヴォルフが慰めてくれてたから。
本当に、ヴォルフラムには、心配ばかりかけてしまっていた。いや、おれに関わる人全員、おれに振り回されているだろうけど、こいつは特別世話をかけた。
思い返してみれば、こいつは常に側にいて、おれを支えてくれてた。
どうして今まで、真剣に考えたことがなかったんだろう?もう、その存在が、当たり前のように思えてしまっていたからだろうか?
こいつが側にいるのは当たり前で、でも、無くてはならない存在で
・・・ありがとうって、言わなきゃ。いっぱいいっぱい、感謝の言葉を。
「・・・・ヴォルフラム、」
言葉を紡ごうとしたけれど、その途端、涙が溢れてきた。
何の前触れもなしに、いきなり、突然に。
なんだよ、これ?うっとおしい、おれは今、ヴォルフラムに、
「ユーリっ、行け・・・!」
手を伸ばした瞬間、泣いていたはずのヴォルフラムが顔を上げた。
瞳にはまだ涙をいっぱいに溜めて、目尻が赤い。不謹慎だけど、ウサギみたいだ。
「なんで、だよっ」
おれの手を振り払うヴォルフの腕をなおも掴もうとする。
多分今、鼻水が垂れてるだろう。涙もまだ止まらない。
だけど気にしない。
「・・・もう、行けっ、さっさと行ってくれないと、本当に、別れられなくなる・・・・・っ」
「ヴォルフ・・・・・・」
言ってから、彼は声を上げて泣き出した。青い袖で涙を拭おうとするけれど、あとからあとから溢れて落ちて、彼のスカーフをも濡らした。
こんなに豪快な泣きは初めて見た。そしてこんなに純粋な涙も。
おれはもう、いろいろな感情が抑えられなくなって、気がつけばヴォルフを自分の腕の中に収めていた。
「ヴォルフラム・・・・・!」
ぎゅうっと、力任せに抱きしめる。初めて嗅ぐような髪の甘い匂い、華奢な身体の感触、小さな胸の鼓動。
ぜんぶぜんぶ、ひとつになってしまえと願いながら。
「ユーリ・・・っ!?」
ヴォルフラムが驚いたように身を捩る。良かった、泣くの、やめてくれたみたいだ。
おれは抱きしめる力を少し弱めて、正面からヴォルフを見つめた。
「ヴォルフ・・・あのさ」
彼の翠の瞳が揺らぐ。頬は赤い。
「な・・・なん、だ?」
これを離したくないと思ってしまうのは、もう相当自覚しているからだろう。
もう少し早く、気付いていればよかったけれど。
「・・・・ありがとな。今までずっと、そばにいてくれて」
また涙が溢れそうになったけれど、ここは気合で我慢した。
「あ・・・・当たり前、だっ!だってぼくは・・・ぼくはお前の、婚約者、なんだからなっ!」
半分涙声で、ヴォルフは言う。言ってから、抑えきれなくなったのだろう、おれの胸に顔を埋めて思いっきり泣き出した。
おれはそれを、精一杯の感情で受け止めた。いつも世話をかけてきたんだから、今日ぐらいは。
「・・・ヴォルフ・・・・・好きだよ」
泣きじゃくる彼の髪を撫でて、おれは告げた。
最後の最後に、こんなこと言ってごめんな。だけどもう、最後だから。
「ユーリっ・・・・好きだ、ユーリ・・・・・」
ありがとう。本当に。
おれに出来ることはもう、これくらいしかない。
最後のキス。最初で最後の、別れのキス。
遅くなった。本当に遅すぎた。
素直になるのも、気付くのも、何をするにも、全て遅すぎた。
けれど、
「おれ・・・・ヴォルフと出会えて、すっげぇ幸せだったよ」
もう会うことは無いけれど、幸せだった時間は、いつまでもおれの胸に残るだろう。
「ユーリッ・・・・・・!」
サヨナラ
伸ばされた腕に応えることはなく、ヴォルフラムの声だけが頭の中に響いた。
次に目を覚ました時には、いない。もう、これでお別れ。
ありがとう、ヴォルフラム。おれはずっとお前のこと、
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